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下北沢のちめ
序章
五月のさわやかな朝、初夏を思わせる日ざしが降り注いでいる。まだ湿度が少なくカラッとした空気はまるでハワイだ。「ちめ」はブルーの愛車で下北沢の街をセレニーテにむけて駆け抜けビレバンの前に駐輪した。もちろん自転車撤去の看板で前回いつ撤去されたかを確認したうえだ。 場合によっては、セレニーテのある三階まで愛車を上げなければならない。朝からそれはめんどくさい。おなかも減ってきたので足早にその場を離れ、北口近くの地下にある、行きつけのカフェにモーニングに入っていく。
“ちめ”とは旦那のタラコが、ジョニー・デップが主演のドラキュラ映画の中でテレビの中のお姫様に向かって、「出でよ、小さき姫!」というセリフからいいただいた。
小さき姫がいつの間にか「ちめ」に変化したのだが、これは第2のニックネームである。
第2ということは? そう、ちめは沢山の名を持つ女。
タラコはことあるごとに、ニックネームを増やしていく。今ではちめが先読みして当ててしまうことも多々あるけど。その中でも“ちめ”はタラコのお気に入り。
階段を降りてカフェの入口で嫌な予感?“いつもより店内が込み合っている”あわてていつもの席が空いているのを確認して少しホッとする。 最近この時間込み合っていることが多い気がする。
ちめはルーティンが崩れるのを嫌う。
そしてオーダーは、A~Dあるモーニングセットのなかから、大体Aモーニング。飲み物とストロベリージャムが添えられたトーストのセットだ。
毎回必ず一言「トーストのバターは少し多めにしてください」と店員さんにお願いする。
ほぼ毎日足を運ぶ常連であるちめは、1年のトータルで200回くらいはこのセリフを口にしていることになる。
このカフェは、店員さんがバターを塗ってくれるスタイル。が、量のマニュアル的なものはないらしく個々の店員さん任せなのだ。手作りっぽいジャムの量もまちまちだ。
そのことに気づいたころから不安と不満を覚えてきた。
口の中が小さきちめは、食事の際に食べ物を咀嚼するのに苦労をしいられていた。店員さんによっては、というか特に店長はパンの真ん中にほんのぽっちりしかバターを塗ってくれない。しかもジャムの量もすごく少ないのだ。ただでさえ硬いパンの耳は、バターが塗られなければなおさら食べづらい。 ケチくさいバターが乗ったトーストを目にする度に、ちめは心の中で「チッ」と小さく舌をならした。
「毎朝、私の小さい口のサイズを見ているはずなのになんて気が利かないの!」と文句を言いたいところだが、ここは我が家ではないし相手はタラコでもない。
「いけないいけない。朝からイライラしてはいけない」と仕方なく食べていたが、ジャムまでも少ない時はパンの耳を残すこともあった。どうせなら気持ちよく美味しく完食したい、いつの頃から決まってこのセリフを付け加えることにした。
さて今日のバターの量はどうか? まてよ、先ほどの店員さんは新顔だ。嫌な予感が頭をよぎった。しばらくすると、プレートに乗せられたトーストとジャム、そして意味不明な塩!、ホットコーヒーが運ばれてきた。ん?ホット!?
普通の大人ならこれくらいのことで切れたりはしない。
短気なちめだが、ぶちっ!と切れかけた感情を慌ててつなぎとめた。
いけないいけない、こらえて。
吸っていた煙草を最後に大きく吸い込み、静かに火種を消した。店員さんに煙がかからぬようにクールに横向きに煙を吐きだし、一言 「お願いしたのはアイスコーヒーですが?」
「あ、すいません」と店員さんはコーヒーを入れ直しにキッチンに踵をかえした。
さて、バターはどうかな?
好意なのか嫌みなのか、パンの中央にこれでもかと大量のバターが乗せられていた。
きっと、私は店員さんの間で、“Aセットのバターおばさん”と呼ばれているんだわ、せめて姫と呼んで。
しかしこんなことを考えている暇はない。冷めないうちにバターをパンの隅々まで伸ばす作業にはいった。
“遅い、コーヒーを入れなおすのにドンだけかかってる?”
いくらきれいに端までバターが塗られていたって、飲み物がなければこの小さき姫の口では、とうてい飲み込むことはできない。早くして!この後も忙しんだからっ!
やっと、先ほどの店員さんがアイスコーヒーを運んできた。 そのタイミングでお店のドアが開き、「いらっしやいませ」とサッサとそちらに足をはこんでいってしまった。
お待たせして申し訳ありません、の一言もないの!?
まだ新人だし、忙しい時間。致し方ない。
気持ちを切り替え、来週のゴルフコンペに参加するため、昨日撮影したスイング動画をスマフォで念入りに確認しながらトーストを咀嚼していく。
スー“パン!”心地よくボールが打ち込まれていく。
今日のパンの焼き加減は、イイ感じ!しかも大量のバターを素早く伸ばしたおかげで、しっとりと食べやすい~。
本来なら、店員さんがバターをきれいに伸ばしてくれるはず。
でも今回はいいわ。
ちめはなぜ、たいして特徴のないメニューで、気の利かない接客のこのカフェに毎朝通うのか?
下北沢でこの時間で空いていてしかも煙草が吸えるカフェがほかにない。
店内も広々していて小綺麗だ。
これらも重要だが、実はちめを惹きつける理由はそれだけでない。
ここは、お店の構造上隣の席のお客様の話が嫌でも耳に入ってくる。
このカフェに集まる下北沢のディープな人々のストーリーが聞ける場所。
そうこうしているうちに、もうこんな時間、銀行に行ってからお店にいかなきゃ。
作 たらこ
校正 編集 マコらい